尾池 和夫
京都大学は、1897年に創立され、本年、創立111周年を迎えました。本郷の東京大学に次いで2番目の国立大学です。京都市動物園は本郷の隣の上野に次いで第2番目の動物園で1903年に開園しました。京都大学の学生たちもずっとこの動物園に通ってきたことでしょう。
京都大学の设立が、当初は大阪を予定していたそうです。それが、京都府?京都市の强い要请があって、京都帝国大学になったそうです。この百余年のあいだ、京都大学はつねに新しい学问を创ってきました。この一年间を振り返ると、こころの未来研究センター、颈笔厂细胞研究センターを立ち上げました。そして4月1日には、野生动物研究センターと文化财総合研究センターが発足しました。こころの未来、颈笔厂细胞、野生动物、埋蔵文化财、一见つながりがないように见えますが、いずれも他の大学には类例のないユニークな研究センターです。これらの新しい学问の芽が、今后、急速に成长していくでしょう。
野生动物研究センターは、野生动物に関する教育研究を通じて、京都大学の理念である「地球社会の调和ある共存に贡献する」ことを设置目的としています。野生动物のなかでも、絶灭の危机に濒した大型の野生动物を対象としています。京都大学には、チンパンジーやゴリラやオランウータンをアフリカやボルネオの森で研究してきたフィールドワークの伝统があります。今西锦司さんと伊谷纯一郎さんが初めてアフリカ探検にでかけたのは1958年でした。今年は、その50周年になります。伊谷さんの着书「ゴリラとピグミーの森」の発刊は1961年です。わたしは理学部の学生でした。もしこの本が数年早く出版されていたら、わたしは地震学ではなくて、京都大学へ行って霊长类のフィールドワークを志していたかもしれません。
京都は世界文化遗产の町ですが、野生动物研究センターは、世界自然遗产の屋久岛に観察所をもっています。先日、屋久岛観察所を访问し、全国から集まってきた若い研究者たちのフィールドワークの日々の一端を见てきました。そして、屋久岛の海岸に沿ってぐるりと岛を一周しました。たくさんのヤクザルとヤクシカを间近に见ることができました。サルやシカが自然のままに暮らしています。そっと歩けば、近寄っても逃げません。また、近寄ってきて人间に何かをねだったり、悪さをするわけでもありません。ヒトとサルとシカとが共存している。不思议な感覚をおぼえました。
京都大学の野生动物研究センターは、野生动物の研究をしますが、まずヒト科4属のうちのヒト以外、つまりチンパンジー?ゴリラ?オランウータンの3属を、最初の主な研究対象にすることになるでしょう。アフリカや日本での研究の蓄积があるからです。日本の动物园は现在90以上あるが、チンパンジーもゴリラもオランウータンもいるのは、全国で现在5园しかないそうです。チンパンジー舎が改修されてチンパンジーが导入されると、日本で6つしかない动物园のひとつとして京都市动物园が復活します。
京都市动物园は、1960年にニシローランドゴリラが来园し、1970年にはその子供が生まれ、さらに1982年にはその子供が生まれ、というようにゴリラを3世代で育てた経験を持っています。たいへん繁殖に热心な动物园です。少子高齢化の进む、ヒト科4属のことを研究しながらその福祉を考える絶好の场所になると思います。
背の高いキリン、大きなゴリラ、そうした野生动物をまぢかに见ることで强い感动があります。わたしもじつは孙をつれて时々来るのですが、そうした実感をもった环境教育の场として、动物园はきわめて贵重だと思います。じっさいにアフリカにはいけないが、彼らの姿を通して、アフリカの自然の生息地に思いをはせることができます。
野生动物研究センターを中核とした大学と动物园の连携により、新たな环境教育が进むことを期待します。この协定を机会に野生动物に関する教育、研究が进み、社会贡献が进むことを大いに期待してご挨拶といたします。この协定ができるまでに门川市长はじめ多くの方々にお世话になりました。本当にありがとうございました。
(当日の挨拶をもとにまとめました。)