学部入学式 式辞 (2008年4月7日)

尾池和夫

尾池総長京都大学に入学された3018名の皆さん、入学まことにおめでとうございます。ご来宾の沢田敏男元総长、西岛安则元総长、井村裕夫元総长、长尾真前総长、名誉教授、ご列席の副学长、各学部长、部局长とともに、入学を心からお祝い申し上げます。

この日まで、皆さんはそれぞれに、ほぼ18年以上の人生を経験して来たことと思います。たどってきた道を今、それぞれに振り返って见ておられるかもしれません。あるいは、これから进んでいく道に思いを驰せている方もおられることでしょう。ご家族の方々も、今までの学习を支えて来られたことを、あらためて思い起こしておられることと思います。新入生の父母の方々には、独立して自分の道を歩き始めたお子さまを、これからは距离を置いて见守ってあげていただくようお愿いしたいと思います。

入学式の季节は、日本では、さまざまの植物の芽吹きの季节です。京都大学の樟は多くの红い古い叶を落とし、若叶がそれに入れ替わっています。新年度には大学の中にも学问の新しい领域が芽を出します。例えば今年、京都大学では、春を待たずにいち早く、颈笔厂细胞研究センターという新しい组织が生まれました。4月1日には野生动物研究センターと文化财総合研究センターが诞生しました。これらの新しい芽も、皆さんとともに急速に成长していきます。今年京都大学に入学された皆さんは、これらの组织の成长も见ていて、数年后のそれらの成长と自分の成长とを重ねてみて、卒业式を迎えて下さるようお愿いします。

京都大学は日本でもっとも大学らしい大学と、よく言われます。京都大学の中には、さまざまの分野で世界一と言える研究の拠点がたくさんあり、世界一と言われている多くの研究者たちがいます。世界一の研究者が皆さんと同じキャンパスを歩き、同じ食堂で昼食をとっています。その研究者の头脳にある知の蓄积を、积极的に吸収してください。自分のまわりに豊富に蓄积されている知を、自らの学习でしっかりととらえて、身につけて卒业して下さるよう期待しています。

皆さんが学生となったこの京都大学は、1897年に创立され、今年创立111周年を迎えます。2007年には日本で初めてと二番目にノーベル赏を受赏した汤川秀树博士、朝永振一郎博士の生诞百年を祝いました。今年は例えば、伟大な指挥者、朝比奈隆さんの生诞百年です。

そのような多くの人材を、さまざまの分野で生み出してきた京都大学の入学式の主役として、今ここに皆さんは参列しておられます。ここにおられる新入生の皆さんは、これから世界の人びとに贡献できる十分に长い时间を持っています。また、十分な可能性を秘めています。今日私が话すいくつかのことは、これから学问の道に入っていく皆さんに、私がぜひ念头に置いてほしいと望むことです。

まず、京都大学のある京都が、世界遗产の町であるということを认识して、学习の合间に京都という古都をよく见てほしいと思います。世界からたくさんの人びとが京都を访れます。今年は『源氏物语』が生まれて1000年と言われています。鎌仓后期の写本とみられる「末摘花」の写本が、今、角屋に展示されていて、実物を见ることができます。皆さんも『源氏物语』を読んで、いろいろの国に绍介する仕事をしてほしいと思います。また、川端康成の『古都』を読んで、京都の町を歩いてほしいと思います。

 
会場の様子京都盆地は第四纪后期の活断层运动で形成された盆地で、発达した厚い堆积层の中には豊富な地下水を含んでおり、世界的にも稀なこの良质の地下水が京都の文化を生み出しました。それを実感していただくために、例えば、里千家今日庵と京都大学の连携で、皆さんは、学生証を见せるだけで、茶道资料馆に无料で入馆でき、特别展や通常展を観覧し、図録を二割引で购入し、さらに立礼席で呈茶のサービスを受けることができます。その他にも学生証で国立近代美术馆や奈良、京都の国立博物馆に无料で入场できるよう提携しています。このような制度も大いに活用して、京都大学の学生としての特典を使っていただきたいと思います。

京都大学は、基本理念の中に、「自由の学风」ということば、「多元的な课题の解决」ということば、そして「地球社会の调和ある共存」ということばを使っています。

まず、自由の学风ということです。学问を大いに楽しむことが大切です。楽しむためには学习が必要です。伟大な业绩をあげている学者と话しをするためには、そのことばが理解できなければなりません。自らの疑问を整理して専门用语で话しをしなければなりません。そのためには京都大学の豊富な知の蓄积を十分に活用して学习をしてほしいと思います。多くの古典を読むことも必要です。例えば、高木贞治の『解析概论』やチャールズ?ダーウィンの『种の起源』を読んで、そこから学问の道を顺に自分でたどってほしいと思います。

自由の学风の中での自学自习を荐めます。学生の皆さんが学习するための环境を、常に整备しながら良好に保つことが京都大学の役目です。学生の皆さんが自らの意志で学习したいと思ったとき、それができる大学でなければならないと私たちは思っています。そのようなキャンパスを作っていくためには、学生の皆さんの声を役员に届けていただくことも重要です。総长宛にメールを送れるようにしてあります。気づいたことを教えてほしいと思います。

次に、多元的な课题の解决ということです。私たちは多様性の世界にいます。さまざまの面からその问题を考えて行かなければなりませんが、今日は人権を大切にするということについて话しておきたいと思います。どのような社会にも、また大学の中にも、差别があってはならないのです。人権は、个人が无条件に持っている社会生活の上での権利で、宪法や法で守られています。京都大学の基本理念には、「环境に配虑し、人権を尊重した运営を行うとともに、社会的な説明责任に応える」とあります。新入生の皆さんに配布した资料をよく読んで、これから大学で学习するための场所を、まず差别のない社会にしていくよう、一人ひとりの人権を尊重して行动できるよう、理解を深めていただきたいと思います。

また、男女共同参画社会の実现のために、とくに女子学生の支援も重要と考えています。そのためのアイディアもよせていただきたいと思います。例えば、斎藤美奈子『物は言いよう』という本があります。皆さんも読んでみて、ハラスメントのことを考えるきっかけを见つけてほしいと思います。

女性の研究者がもっとたくさん教育と研究に参加してほしいのです。例えば、霊长类学では社会行动を研究するのに、猿などの野生动物の社会行动に雌雄の性差があることがわかってきて、そのような研究のための情报が集まるためには、女性の视点が重要な役割を果たす场合もあるかもしれません。教育と研究の现场である京都大学で、一般的に男女差别のない教职员、学生の社会が构成されることが必要で、そのためには皆さんの知恵も借りながら、まだまだ解决して行かなければならない课题が多いと思います。

 
ヤクシカ次に、地球の将来のことです。伊谷纯一郎さんの『ゴリラとピグミーの森』を読んでみてほしいと思います。先日、屋久岛の海岸に沿って一周してきました。たくさんのヤクザルとヤクシカを间近に见てきました。京都大学の野生动物研究センターは、野生动物の研究をしますが、まずヒト科4属のうちのヒト以外を、主な研究対象にすることになるでしょう。これは、まだ若い学问分野で、例えば、松沢哲郎先生も、京都大学名誉博士のジェーン?グドールさんでさえ、一人のチンパンジーの生涯をまだ観察したことがありません。

また、地球社会の调和ある共存のためには、自然环境を考えることも大切です。エネルギーのことも考えなければなりません。私たち人类に関係するエネルギーには、太阳起源のエネルギーと地球起源のエネルギーがあります。太阳の光、それを蓄える植物、风力などのエネルギーが太阳起源であり、原子力などは地球起源のエネルギーです。日本列岛にはこれらのエネルギーが豊富にあります。中纬度で太阳は一年中光を注ぎます。地球内部から消费されるエネルギーには地震や喷火や地热があり、人が掘り出すエネルギー资源があります。とくに地震や喷火のエネルギーは莫大な量です。これらをすべて日本列岛は豊富に持っています。そのようなエネルギーの中で、人类は制御する技术を身につけて一部を利用しています。例えば原子力発电がその例です。

しかし地震や喷火のエネルギーはまだ制御することができません。地球起源のエネルギーが地震や喷火の场合には、灾害を起こすことだけに消费されています。日本列岛は世界の地震のエネルギーのほぼ1割を持っています。それは日本列岛がプレート収束域の変动帯にできた岛だからです。喷火も同じように日本列岛に多くあり、现在まだ制御と利用の困难なエネルギーです。これらの课题も、これから皆さんに考えてほしいと思います。

安全と安心がこれからの重要な课题です。自然灾害を軽减するためには、自然の仕组みをよく知ることが大切です。知ることによって制御する技术の开発も可能になります。私は先日、柏崎刈羽原子力発电所の4号炉を见てきました。中越冲地震の震源断层面が至近距离に発生し、激しい强震动を受けた発电所だからです。実际に见て惊いたことは、あれだけ震源断层运动に近い距离で强い地震动を経験しながら、复雑な原子炉の仕组みが壊れていないということでした。日本の工学が生み出した技术の素晴らしさを见ることができた思いでした。日本と同じような変动帯にある他の国でも原子炉が使われています。私は、このような优れた日本の技术をさらに発展させつつ、その知の蓄积を世界の人びとに伝え、国际的に安全な社会の実现を进めなければと思いました。皆さんもこの问题を、周りの人たちと议论して考えてみてほしいと思います。

皆さんの中には工学部に入って、技术の进展に贡献しようという方も多いと思います。昔あったような、公司の利润追求のみを意识したような新製品の开発という概念ではなく、人类の安全と安心を意识した、人类の福祉に贡献する技术の発展を支えてほしいと思います。

地震学も、地震工学も、また霊长类学も、日本列岛の特徴をもとにして、日本で生まれた学问の分野です。地球社会全体のことを考えるために、これらの学问を大いに进めていただきたいと思います。

自然环境のことを考えるのは、世界の课题です。京都大学は、日本全体の二酸化炭素排出量の约1万分の1を排出しています。これは近い将来、必ず减らさなければなりません。皆さんもそのための知恵を提供し、自ら行动してほしいと思います。杉浦日向子の『一日江戸人』を読んで、江戸の暮らしを见习うことも役立つかもしれません。百万を超える人口と都市の规模から考えて、また健康的な生活内容から考えて、地球社会の调和ある共存のために、江戸の暮らしは十分学ぶのに値する暮らし方であると思います。

また、自然环境を大きく破壊する人类の行いの中に戦争という行為があるのを忘れてはなりません。平和を大切にしなければなりません。戦争は人の社会を含めて、地球社会を大规模に破壊する行為です。自然环境にも大きな影响を长期にわたって残します。

霊长类学会の初代会长を务めた河合雅雄さんが霊长类学を始めたのは、戦争体験から、仲间を杀し合うために兵器まで作った人间とは何かという疑问に答えるために、猿を研究することによって人间の本性を考えたいと思ったからだと言われました。

京都大学の111年の歴史の続きを、今日入学式を迎えた皆さんがしっかりと书き続けてほしいと思います。そのために、たくさんの教职员が皆さんの相手をします。また、京都大学生活协同组合や京都大学教育研究支援财団をはじめとするいくつかの组织が、皆さんの学园生活を支援します。生协はその活动への皆さんの参加を歓迎します。また、红萠祭で皆さんの入学を先辈たちが歓迎したように、多くの课外活动のグループが、皆さんの参加を待っています。スポーツに、文化活动に、あるいはボランティア活动に积极的に参加して、友人を作り、先辈に学び、知识と経験を蓄积しつつ、友情を育んでほしいと思います。まちがいなく、それは、皆さんの生涯を支える大きな财产になります。皆さんは、无限の可能性を持っています。皆さんの活跃を私も楽しみにしています。こころと身体の健康を大切にして、学园生活を思い切り楽しんでくださることを期待しつつ、私のお祝いのことばを结びます。

京都大学への入学、まことにおめでとうございます。