尾池 和夫
今日、新たに、589名の京都大学博士が生まれました。まことにおめでとうございます。ご列席の、副学长、各研究科长、学舎长、教职员とともに、课程博士526名、论文博士63名のみなさんに、また、参列されたご家族に、こころからお庆び申し上げます。
京都大学の博士は、京都帝国大学の时代に旧制博士学位9651名があり、これらを総计すると京都大学から授与された博士学位は3万5902名になりました。
京都大学には、京都大学博士学位论文论题検索システムがあって、京都大学あるいは京都帝国大学から博士の学位を授与された论题が検索できるようになっています。今年1月23日の学位授与式で収録件数は约35,000件になりました。例えばキーワードを「源氏物语」と入れて検索すると4件、「中间子」で検索すると42件、「チンパンジー」では39件を见つけ出します。また、「伊谷纯一郎」で検索すると、「野生ニホンザルのコミュニケーションに関する研究」という论文が、1962年2月13日に登録されていることがわかります。
皆さんの今日の博士学位の论文も、世界の人たちの共有财产として国会図书馆と京都大学に保存されることになります。もちろん皆さん自身でも、学位论文になった研究の成果を、これからは研究者として、人びとに伝える努力をしていかなければなりません。学问を志した皆さんの努力がみごとに报われて得られた博士学位には、たいへん深い意味があります。皆さんはこの学位によって、研究者として认められると同时に、それぞれの道の専门家として、世界に通用する资格を得たのです。このことをしっかりと自覚して、今后の活动に活かしていただきたいと思います。
京都大学では、今年の4月1日に、「野生動物研究センター」という新しい研究組織を創設します。私が伊谷純一郎さんの「ゴリラとピグミーの森」という本に出会ったのは、すでに地震学の道に入った直後でしたが、それでも地球を研究する私にとって影響の大きな一冊の本でした。その本を、文藝春秋の「一冊の本が人生を変える」という特集に紹介した山極寿一さんに、先日屋久島のことを現地で教えてもらう機会がありました。山極さんは「サルと歩いた屋久島」という本に「屋久島へやってきて、私ははじめて人間を無視して暮らしているサルたちを見たのだった」と書いています。山極さんがヤクシマザルの研究を始めたのは1970年のころでした 。
今年の博士学位论文の审査报告を読んで、やはり京都大学の学问の伝统の中にいると感じるたくさんの论文がありました。その中から、いくつかを选んでくわしく読んでみました。それらの报告をここに引用させていただきます。
理学研究科生物科学専攻の加賀谷 美幸(かがや みゆき)さんの学位論文題目は、「真猿類における胸郭の三次元骨格形態の分析」です。真猿類はサル目のうち、高等な猿類の総称です。学位審査の主査は、中務 真人(なかつかさ まさと)准教授です。
现生ヒト上科においては、前肢の运动域が広いこと、直立姿势に适応的な筋や骨格特徴を数多くもつことが知られており、こうした特徴の获得过程を明らかにすることが、ヒト上科の进化を解明する重要な键となるそうです。一方、类人猿同様に前肢ぶら下がり行动を比较的よく行う新世界ザルのクモザル属では、胸郭形态が现生ヒト上科のものと类似しているという指摘が従来からあったのですが、加贺屋さんの论文の结果はこれを否定して、类人猿の胸郭の骨格の特徴が、霊长类の中で独特なものであることを示しました。现生のヒト上科における胸郭の特徴がセットとして进化したものではなく、段阶を踏みながら个别に现れたことを强く示唆するもので、今后、现生类人猿に特徴的とされていた体干部の特徴の再検讨を促すきっかけになることが予想されると评価されました。
理学研究科生物科学専攻の松浦 直毅(まつうら なおき)さんの学位論文題目は、「ガボン南部バボンゴ?ピグミーの社会変容と民族関係に関する人類学的研究」です。主査は山極 壽一(やまぎわ じゅいち)教授です。
アフリカの狩猟採集民は、平等主义的な社会関係を保ち、近年にいたるまで父系で结ばれた家族からなる小集団で移动生活を送り、近隣の农耕民と密接な関係を保ちつつも、农耕民との间には社会的な格差があると报告されてきました。申请者は、ガボン共和国でバボンゴと呼ばれるピグミー系の狩猟採集民のもとで调査を行い、彼らがすでに农耕に大きく依存した定住生活を送っており、近隣の农耕民と対等な社会関係を筑いていることを発见しました。そこで、こうした変化が起こったプロセスを分析し、対等な社会関係が生じた理由について生态人类学的な検讨を行いました。これまで闻き込みやアンケートによって调べられていた狩猟採集民と农耕民の社会関係を直接観察によって定量化し、その対等な関係を行动様式から生态人类学的に分析することに成功した论文として高く评価されました。
理学研究科生物科学専攻の木場 礼子(こば れいこ)さんの学位論文題目は、「ニホンザルにおける視覚性弁別課題を用いた性の認知の実験的研究」です。主査は、正高 信男(まさたか のぶお)教授です 。
われわれヒトは、视覚的に、见知らぬ人でも、たとえそれが写真であっても、すばやく、かつ正确に性别を判断することができます。この研究では、ニホンザルを対象に、他の个体の性をどのように识别しているかを検証することを目的に実験が行われました。ヒト以外の霊长类を対象に、同种の他の个体の性别を视覚的に弁别できることを実験的に初めて明らかにした试みが高く评価されました。
理学研究科生物科学専攻のTHAUNG HTIKE(タウン タイ)さんの学位論文題目は、「ミャンマー中部における新第三紀のイノシシとカバの古生物学的解析」です。主査は、髙井 正成(たかい まさなる)教授です。
东南アジアのミャンマー国中部の新第叁纪の陆成层からは、哺乳类化石が豊富に产出することが19世纪末から知られています。この论文は、これらの哺乳类化石のうち、偶蹄类の仲间であるイノシシ科蝉耻颈诲补别とカバ科贬颈辫辫辞辫辞迟补尘颈诲补别の新标本を记载し、その形态的変异と进化史について古生物学的に検讨したものです。ミャンマーにおける新第叁纪の陆栖哺乳类动物相に関して、近隣地域との比较を基に、古生物学的に解析した重要な研究であり、鲜新世以降の同地域の环境変动(乾燥化、草原化)についても考察を加えており、今后の同国の古生物学の発展の先駆けとなる研究であります。
理学研究科生物科学専攻のRIZALDI(リザルディ)さんの学位論文題目は、「ニホンザルの順位獲得および連続攻撃時における行動の調節」です。主査は、渡邊 邦夫(わたなべ くにお)教授です 。
ニホンザル放飼群において、2002年、2003年、2005年生のコザルを対象に、攻撃行動の発達に関する研究を行ったものです。このような社会関係の分析のためには、長期にわたる、辛抱強い集中した観察が必要なだけでなく、多数の要因が絡む複雑な社会関係に目配りした、周到な調査計画が不可欠です。また分析に当たっても、幅広い社会関係の変異に目を向けながら、一つ一つ解きほぐしていく慎重さと根気が求められます。そのような要件を見事に克服してこの論文が完成しました 。
これらの他にも、京都大学らしい分野の多くの論文がありました 。
文学研究科歴史文化学専攻の村上 由美子(むらかみ ゆみこ)さんの学位論文題目は、「古代の木材利用に関する考古学的研究-木製品の製作と使用からの読み解き-」です。主査は上原 真人(うえはら まひと)教授です 。
「木の文化」论の歴史的検証は必ずしも十分ではなく、出土木製品の考古学的検讨は1990年代半ば以降、ようやく各地で着手され、以后、急速な発展をみました。出土木製品の研究は、各地域ごとの生态环境のなかで「木の利用」の実态を解明する段阶に至りつつあり、村上さんの研究はその最先端に立っていると评価されています。
人間?環境学研究科共生文明学専攻の内藤 真帆(ないとう まほ)さんの学位論文題目は、「ツツバ語の記述的研究」です。主査は、三谷 惠子(みたに けいこ)教授です。
ツツバ语とは、南太平洋のヴァヌアツ共和国の岛の一つであるツツバ岛の现地语であり、内藤さんは2001年から2006年の间に通算20ヶ月にわたって行った现地调査に基づき、音声?音韵、形态、统语の各侧面からこの言语を详细に记述しました。この论文ではじめてツツバ语の全貌が明らかにされました。
同じ専攻の Tina Vesselinova Peneva(ティナ ベセリノヴァ ペネワ)さんの学位論文題目は、「現代日本における食肉文化と「和牛」という「創られた伝統」:近江牛の生産と消費についての研究」です。主査は、田中 雅一(たなか まさかず)教授です。この論文は、和牛が高価な食材となった歴史的、社会的要因を明らかにすると同時に、それがもつ意味を現代日本社会の文脈において明らかにしようとしているだけでなく、肉食に関わる人々の周縁的位置に注目し、現代日本社会が抱える差別問題、具体的には在日韓国?朝鮮人差別と被差別部落民差別を取り上げて論じています 。
同じく共生文明学専攻の山元 宣宏(やまもと のぶひろ)さんの学位論文題目は、「秦漢時代の書体の諸相」です。主査は、阿辻 哲次(あつじ てつじ)教授です。
本学位申请论文は汉字の书体に関する名称のうち「篆书」と「隷书」をとりあげ、それが命名されたことの理由と、その背景に存在する歴史的事実について、近年の出土资料から得られた知见から伝统的な文献を解釈することで考察したものです。汉字の书体をめぐる文字学史研究では、従来ほとんどスポットをあてられてこなかった分野に鋭い考察を展开したものと评価されました。
このように紹介すると果てしなく続くのですが、これらの論文をネットで読むことができるように皆さんの協力を求めることになります。それによって、人類の共有する知的財産になります。皆さんもさまざまの分野の論文を読んでみてほしいと思います。異なる分野の研究成果が、幅広く京都大学に蓄積され、それらがまた融合して新しい研究の芽を出します。今日博士学位を取得された皆さんも、積極的に異なる分野の人と接して、大きく発展する機会を見つけて下さい。皆さんのさらなる活躍が、人類の福祉に貢献することを祈りつつ、博士学位のお祝いのことばといたします 。
新しい京都大学博士の皆さん、まことにおめでとうございます。