尾池 和夫

本日、京都大学博士の学位を得られた137名の方々、まことにおめでとうございます。 課程博士99名、論文博士38名の方々に学位を授与させていただきました。ご列席の副学長、各研究科長、学堂長とともに、心からおよろこび申し上げます。
日本で初めてノーベル賞を受賞した湯川 秀樹博士と、2番目にノーベル賞を受賞した朝永 振一郎博士の生誕100年を祝って、京都大学では2006年度を「湯川?朝永生誕百年の記念年度」としています。両博士を顕彰し、その事蹟を皆さんに知ってもらうために、さまざまの記念事業を企画して開催しています。
まず第一弾は、去る3月26日(日曜日)から5月7日(日曜日)まで、东京上野の国立科学博物馆において、「汤川?朝永生诞百年记念展」を、筑波大学、大阪大学と共同して开催しました。この企画展は大きな反响を呼びました。43日间の会期で入场者は実に4万1千人を数えました。
10月4日から来年、2007年1月28日まで、京都大学総合博物馆で、この记念展を开催します。ぜひ见てほしいと思います。
学问の世界での进歩は、セレンディピティによることが多いとよく言われます。ノーベル赏を创设したノーベル自身も、セレンディピティのおかげでダイナマイトを発明したと伝えられています。ニトログリセリンは安定した薬品ではなく、爆薬として実用的なものではありませんでしたが、ある日ノーベルがニトログリセリンを珪藻土の上にこぼしたことから安定して使える方法が见つかりました。しかし、この偶然の発见は、スウェーデンのあの坚い岩盘の街で、岩盘を破壊しないと工事ができないという强い社会の要请があり、制御できる安定した爆薬を作ろうという强い意志と、その実现を目差した学习の努力があって、はじめて活かされたのであります。
Louis Pasteurの有名な言葉、「Chance favours the prepared mind (Le hasard favorse Iesprit prepare)」というのは、この十分な学習と必要性の認識が偶然を活かす幸運をもたらすということを述べたものでしょう。
今日、博士学位を得られた皆さんの学位审査の报告を読ませていただきました。いずれの论文も、たいへん面白い成果が述べられていて、京都大学にいることの楽しさを教えてくれるものであると思います。また、その审査をされる先生方の真挚な教育者としての精神が审査报告から伝わってきます。
人間?環境学研究科、人間?環境学専攻の今田 絵里香(いまだ えりか)さんの学位論文題目は、「「少女」というジェンダ-?アイデンティティ-『少女の友』における意味世界と読者-」です。主査は、小山 静子(こやま しずこ)教授です。
この研究は、近代日本において生み出された「少女」というジェンダー?アイデンティティが、どのようなものであり、それが歴史的にどのように変迁していったのかを明らかにしたものです。少女雑誌、その中でも特に『少女の友』に焦点をあて、雑誌がどのような少女像を生みだしていったのかという侧面と、それを少女たちがどのように受け取っていったのかという侧面に留意しながら、「少女」というジェンダー?アイデンティティを解明しました。
その结果、子どもがけっしてジェンダー中立的な存在ではなく、少女と少年の间には明白な相违が存在することを明らかにしました。また、少年像が时代によって、さほど変化しないのに対して、「少女」というジェンダー?アイデンティティは、社会的状况の変化によって大きく変迁し、母亲に监督?保护される脆弱な存在から、爱护され教育される存在へ、さらには国民としての意识を明确にもつ「日本の少女」へと、时代とともに変化していったことを明らかにしました。1945年までの少女像を明らかにしたことは、画期的なことであるといえる、と审査报告は述べています。
情報学研究科、知能情報学専攻の飯山 将晃(いいやま まさあき)さんの学位論文題目は、「シルエットを用いた3次元物体モデルの獲得」です。主査は、美濃 導彦(みのう みちひこ)教授です。
この研究は、复数台のカメラから得られた物体のシルエットを元に、3次元物体モデルを获得する手法に関连する问题を论じたものです。3次元物体の凹面を含む形状、反射特性、运动を获得する手法に関する研究をまとめたもので、物体の3次元形状と反射特性を実时间で获得する手法を提案しました。形と反射の特性を知るために、実时间観测、実时间処理のアルゴリズムを提案し、讲义室で実験を行うことによって、その有効性を确かめた点や、シルエットをベースとした手法では计测することのできなかった物体の滑らかな曲面や凹面を计测する手法を提案している点にたいへん兴味を持ちました。
博士(文学)の学位を得られた合田 昌史(ごうだ まさふみ)さんの学位論文題目は、「マゼラン-世界分割(デマルカシオン)を体現した航海者」です。主査は、服部 良久(はっとり よしひさ)教授です。
この研究は、コロンブスとの比较を念头に置きながら航海者としてマゼランの再评価を试みたものです。コロンブスの场合と同様、マゼランの航海についても奇妙なことに本人の手になる航海记録が现存しないのだそうです。しかし、この论文は、スペイン、ポルトガル、そして英仏の主要な図书馆、文书馆において、同时代の世界地図、地球仪、航海図、航海记録、书简、天文学や航海术の书物、国王や高官の文书を探して分析した成果をまとめたもので、マゼランの航海とその前后について、ほぼ、ぶれのない稠密な実証的考察を贯いた论者の力量と努力は、高く评価される、と审査报告に述べられています。
フィリピンのセブ岛には、1521年にセブに上陆したマゼランの记念碑と、彼に立ち向かった土地の首长ラプラプの像が立っています。先日、21世纪颁翱贰の研究成果を2日间にわたって発表する会が行われましたが、そこでも16世纪初头の世界地図が纪平教授によって绍介され、わたしはたいへん兴味を持ちました。
工学研究科、機械物理工学専攻のDO VAN TRUONG(ドォ ヴァン チュン)さんの学位論文題目は、「単調負荷および繰返し負荷下のサブミクロン薄膜界面強度に関する研究」です。主査は、北村 隆行(きたむら たかゆき)教授です。
この论文は、电子デバイスなどの微小要素间の异なる材料が作る界面での、はく离き裂が発生し、成长する状况の実験法を开発し、それに基づく微小材料界面强度の力学的解析および评価を行ったものです。界面の端に、フリーエッジ効果によって特异応力场が生じることがあります。その特异场の様相は材料の组み合わせと端部の形に依存しているため、そこでのき裂発生は复雑な様相を呈するそうです。この研究では、とくに、电子デバイスで用いられる材料の组み合わせにおいては特异性が弱い応力场であることに着目し、はく离き裂発生の临界条件が界面端近傍の平均応力で评価できることを示しました。
微小な机械を作るためには、微小な构造材料のことをよく知ることが不可欠です。ナノテクノロジーの分野でも、京都大学の研究成果はめざましいものがあります。
人の生きている状態での血糖値は、インスリン分泌及び末梢インスリン感受性によって恒常的にある範囲の値に調節されます。消化管ホルモンであるGIP(gastric inhibitory polypeptide)という物質が、炭水化物や脂肪の消化吸収に伴って小腸から分泌され、脂肪細胞における栄養素の取り込みや、膵β細胞からのインスリン分泌を促進するという仕組みがあるそうです。
工学研究科、材料化学専攻の常ガン(チャンガン)さんの学位論文題目は、「金属ナノ粒子を固定した導電性材料の作製と応用に関する研究」です。主査は、平尾 一之(ひらお かずゆき)教授です。 この論文では、機能性電極材料として利用可能な銀、白金、パラジウムナノ粒子について、化学還元による導電体表面への固定化法や溶液内での調整法について検討するとともに、金属の種類に応じたナノ粒子固定化導電体や電気化学検出への応用の可能性を明らかにしました。従来の方法では作製し得なかったナノ集積構造の導電体表面への固定化を可能にするとともに、それらの電気化学測定をもとに各種貴金属ナノ複合導電体材料に固有な電子移動特性を明らかにし、電極としての有用性を示したものです。
昔、わたしが子供の顷には、时计やラジオを分解してまた自分で组み立てて原理を自ら理解しました。また、テレビが登场し、コンピュータが登场する现场を体験して、自らそれを组み立ててみてその原理に触れることができました。1980年代には集积回路の进歩とともに、プリント基板をデザインして记忆装置をコントロールするシステムを自分で作ることができました。その后、技术はたいへんな速度で発达し、あらゆる素子が目に见えないサイズとなり高い密度で集积されることになり、技术の原理の部分を见ることなしに、谁でもがどこででも、高度の技术の恩恵を受けることができるようになりました。今では、高度に発达した技术の世界は、分野の异なる人の眼に直接触れることがありません。
このような世界の到来の意味を意识しながら、工学の分野の専门家が一般の市民に知识をわかりやすく伝える努力をしてほしいと思います。市民の知识が技术の世界と离れるほど、その技术を学问として憧れを持って见つめる若者が少なくなります。小中学校の先生たちが高度の技术の话を正确に子供たちに语ることができなくなって、子供たちの理科离れを进めることになります。これは必ずしも人类の将来に佳い影响を残すとは言えないでしょう。皆さんもぜひ、学位论文を仕上げる过程で自分の得た高度の知识を、まわりの异なる分野の友人や、一般の市民に向かって、わかりやすく説明することを心がけていただきたいと思います。
食べ物の研究成果については、人々は高い関心を持ち、また食材という媒体を通じて知识を持つ努力をしています。しかし、やはり本当のことが理解されているかどうかは、最近のニュースを见ていても、いささか不安になります。
博士(農学)の学位を得られた宮原 一隆(みやはら かずたか)さんの学位論文題目は「日本海で新たに開発された漁業資源、ソデイカの資源生物学的研究」です。主査は、田中 克(たなか まさる)教授です。
ソデイカは、ツツイカ目ソデイカ科に属する外洋性の大型種で、わが国でこの漁業利用が始まったのは、1960年代に日本海で「樽流し立縄漁法」が開発されて以降のことで、現在では広く沖縄海域でも漁獲され、全国流通する重要な漁業対象種となっているそうです。 この研究は、漁業調査?生物測定?発生観察?平衡石輪紋の解析などに基づいて、本種の資源生物学的諸特性を解明するとともに漁況予測手法を検討して、資源の有効利用に資することを目的に行われました。
ソデイカは、重さが10~20キロというような大物が普通にいる大形のイカです。舞鹤や越前海岸などの港に并んでいる巨大なイカがそれです。生で食べるより一度冷冻した后が旨い、保存のきくイカとして利用されています。
このように今回の学位授与式でも、じつに多様な分野での研究成果が積み上げられていることがわかります。21世紀COEとして採用された分野では、学位論文の数が目に見えて増加しています。例えば、紀平 英作教授の「グローバル化時代の多元的人文学の拠点形成」では、博士課程学位取得者は、平成14年度23名、15年度28名、16年度39名、17年度38名でした。アジア?アフリカ地域研究研究科の博士学位では、平成14年度2名、平成15年度9名、平成 16年度11名、平成17年度15名というように増加しています。
皆さんの学位论文がきっかけとなってまた次の研究が进められ、その积み重ねで人类の知的财产が蓄积していきます。皆さんご自身も、今日得られた博士学位をきっかけとしてさらに深く専门の分野での仕事に従事されていくことと思います。健康に留意しながらますますの活跃されることを祈って、博士学位授与式の式辞といたします。
博士学位まことにおめでとうございます。