尾池 和夫

博士学位、まことにおめでとうございます。
今日、新たに、64名の京都大学博士が诞生しました。博士学位を取得された方々、まことにおめでとうございます。ご列席の、副学长、各研究科长、学舎长とともに、课程博士48名、论文博士16名の皆さんに、また、ご参列のご家族に、心からお祝い申し上げます。
京都大学にはさまざまの分野があり、皆さんが精魂込めて仕上げられた学位论文をしっかりと审査する教员がいます。学位授与式のたびに、私は审査报告を読ませていただくことを楽しみにしています。とくに兴味深い审査报告に出会うとその学位论文そのものを拝见する场合もあります。审査报告の一つひとつに申请者の苦労と工夫の轨跡が描かれているとともに、审査された教员の热意をそこから読み取ることができます。
皆さんの学位论文は、国会図书馆や京都大学図书馆に保管され、世界の人々の閲覧に供されます。それによって、それぞれの関连分野に贡献し、世界の人类の知的财产として蓄积されていくのです。京都大学は、创立以来の歴史の中で、3万4,072名の博士を送り出してきました。学位论文の蓄积がまた新たな研究を进める基础になり、后辈の育成に贡献することになります。
本日の学位论文にも多くの兴味深いものがありました。また私にはとても难しくて短时间では理解できないものもありました。医疗に関连する论文もあります。私自身、9年前に急性心筋梗塞で救急车で运ばれて、生命にかかわるほどの経験をして、集中治疗室から医疗のお阴でまた戻ってきて、身体障害者手帐を所持しながら仕事をしています。最近、血糖値が上がってきて、心筋梗塞の再発リスクを軽减するために、京都大学の病院の外来患者の一人になっています。したがって、论文の中で、自分自身の兴味からも、生活习惯病に関するもの、あるいは医疗全般に関するものに兴味を持つことがあります。今回の学位授与にあたっても、いくつかそのような论文がありました。
医学研究科内科系専攻の周 赫英(しゅう かくえい)さんの論文は、「インスリン作用低下状態でgastric inhibitory polypeptideは肥満及び脂肪酸酸化を調節する」という題目です。主査は、中尾 一和(なかお かずわ)教授です。
人の生きている状態での血糖値は、インスリン分泌及び末梢インスリン感受性によって恒常的にある範囲の値に調節されます。消化管ホルモンであるGIP(gastric inhibitory polypeptide)という物質が、炭水化物や脂肪の消化吸収に伴って小腸から分泌され、脂肪細胞における栄養素の取り込みや、膵β細胞からのインスリン分泌を促進するという仕組みがあるそうです。
この研究は、インスリン抵抗性モデルである欠损マウスと、骋滨笔受容体欠损マウスとから、ダブル欠损マウスを作製して行われました。その结果、骋滨笔シグナル遮断がインスリン抵抗性を改善すると考えられる结果が得られました。この研究成果は、糖尿病、インスリン抵抗性の治疗に寄与するところが多いと评価されました。

私が京大病院で治疗を受けるようになって、自分のために学习した患者としての知识ですが、糖尿病には种类があって、1型糖尿病は、膵臓のβ细胞というインスリンを作る细胞が壊れて、インスリンの量が絶対的に足りなくなって起こるものであり、2型糖尿病は、インスリンの量が少なくなるか、肝臓や筋肉などの细胞でのインスリンの働きが悪くなって起こるものだそうです。后者は生活习惯が関係していて、日本の糖尿病の多くは后者だと言われます。
人間?環境学研究科共生人間学専攻の稲田 扇(いなだ おおぎ)さんの論文題目は、「2型糖尿病患者の医療費とQOLの研究」です。主査は、津田 謹輔(つだ きんすけ)教授です。
糖尿病患者人口は急激に増えており、日本の糖尿病医療費は現在1兆円をこえ、今後も増え続けると考えられる、というのがこの論文の動機であり、患者数と医療費の急速な増加を食い止める必要があると、報告に書かれています。この論文は、糖尿病に要する1年間の医療費と患者のQOL(Quality of Life)について調査、研究したものです。京大病院に通院中の糖尿病患者161名の医療費を調査して、合併症の有無、治療法、通院回数などを分析して、さまざまの原因で医療費には個人差が大きいことがわかりました。また、病院で支払う医療費とは別に、家庭で糖尿病のために支払う直接非医療費と呼ばれる費用を調べました。食事療法、健康食品、運動療法、健康器具、交通費、派生医療費、その他患者が糖尿病のために支出した費用であります。
研究の结果、糖尿病科で通院する患者は大変多様であり、个々に合わせた治疗が必要であり、そのために个々の患者の医疗费の差も大きく、糖尿病医疗费は包括医疗に驯染まないことが指摘されました。また、病院に頼らず患者自身の生活改善を推し进める政策は有効と考えられること、合併症、とくに肾症の进行を食い止める必要があることもわかりました。この论文では、患者の蚕翱尝を考虑に入れた新しい视点からの対策の提言が、たいへん意义のあるものであるという评価を得ています。
経済学研究科現代経済学専攻の渡辺 励(わたなべ れい)さんの論文題目は、「医師の選択行動とその医療経済への影響」です。主査は、西村 周三(にしむら しゅうぞう)教授です。
この論文は、医師の裁量行動に焦点をあて、そこでの選択行動が医療費と医療効果に与える影響について分析したものです。近年、EBM (Evidence Based Medicine)ということが強調されています。一般に、「科学的に検証された最適な治療方法はきわめて限られているかのごとき印象が持たれているが、実際には治療には不確実性が伴い、また患者の意向も尊重する必要があるため、医師の治療方法の選択肢は、想像以上に広いこと、このため逆に、一般市民には、しばしば医師が金銭的インセンティブによってその選択行動が左右されるのではないかという疑念をもたれること、また患者の医学知識の多寡が治療選択に影響する可能性があること」というような仮説のもとに、調査と分析が行われ、その結果、この論文では、これらを実証的に明らかにすることが、診療報酬制度などの医療制度のデザインにとって不可欠であることが指摘されました。
また、终末医疗费において、どのような治疗选択が医疗费にどの程度影响しているのか、という分析は、意外なことに世界的に见ても皆无だそうですが、この论文では、人工呼吸器の使用に関して、この问题を取り扱っています。さらに、もっとも重要な医疗経済的课题として、検诊をどの程度の频度で行うことが适切かという问题にも一定の结果を与えています。

自らも医师资格を持つ申请者によって、取り上げられたいずれのテーマも、日本の医疗経済に関连する政策课题と密接に结びついていて、本论文は、医疗政策にとって知りたい喫紧の疑问に迫るための大きな突破口を开く研究であるといえる、と高い评価を得ています。
人の健康と医疗の问题に関心があると同じように、人の住む地球环境の问题にも、私は深い関心を持っています。京都大学の学位论文にも多くの重要な研究成果が蓄积されていきますが、今回も兴味深い课题の学位论文がありました。
工学研究科都市環境工学専攻の余 輝(よ き)さんの論文題目は、「湖沼水質に及ぼす湖湾と主湖盆との相互影響に関する研究-琵琶湖塩津湾を例として-」です。主査は、津野 洋(つの ひろし)教授です。
本研究では、湖沼を管理するための予知の手法の提示を目的として、琵琶湖の北湖と塩津湾とを研究の対象として选び、湖の主湖の湖盆と湖の湾との相互の影响を调べました。研究は、流动机构の解析、湖沼の化学的、生物学的特性に及ぼす物理学的な环境因子の影响のプロセスの究明、水と物质収支の把握などについて详しく展开されました。论文は、得られた知见と手法をモデル化し、汎用性のある湖沼管理マニュアルとしての湖沼生态系モデルの提示を试みた内容です。
この湖沼生态系统合モデルは、湖沼の现状把握、水质管理および将来の予测において有用性が高く、また、机构の解明や手法の提示などにおいて他水域でも応用できるものとして、またこれらの问题を定量的に検讨しうる手法を提示したものとして、评価されるものです。
京都盆地の地下には分厚い堆积层が発达していて、豊富な地下水を蓄えています。これは活発な活断层运动によって形成された地下构造があってはじめて存在可能な大きな水瓶であり、京都に発达した都の文化は、この地下水によって実现してきたということができます。同じように大规模な活断层运动で近江盆地が発达し、琵琶湖西岸断层の运动でできた活断层湖である琵琶湖の国である近江にも、淡水湖と市民の长いお付き合いの歴史があり、湖の文化が蓄积されてきました。その琵琶湖の环境を守るために滋贺県の人々の热心な取り组みがあります。
京都盆地の地下水の文化も、近江盆地の淡水の文化も、ともに京都大学の研究者が深く関わる地域の文化であり、そのローカルな文化との连携による研究活动と研究成果が蓄积されることによって、それはグローバルな知的财产となるのです。
このような地下水や淡水の水の文化を考えるための一助にという思いもあって、京都大学と早稲田大学の协力で「ホワイトナイル」というビールを黄桜酒造株式会社でつくっていただきました。この製品には、早稲田大学の古代エジプトの研究成果、京都大学に保存されている贵重な小麦の种子、また京都大学での味に関する研究成果なども取り入れられています。
本日学位授与された一つひとつの論文は、あるいは五木 寛之の「大河の一滴」であるかもしれません。あるいは、志賀直哉が書いた「ナイルの一滴」かもしれません。また、方丈記に鴨長明が述べた「行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」というものであるかもしれません。また、ときにはこの論文そのものが、歴史に残る一冊になることもあるでしょう。いずれにしても、京都大学だけでも、今日博士学位が64名に与えられたように、これらの成果が集まって、人類の大きな知的財産になっていくのであります。

今后とも皆さんが、さまざまの分野で、本日の学位论文の成果を活かして発展させ、あるいは新たな分野へ进出して、ますます活跃されることを祈って、博士学位のお祝いの言叶といたします。お祝いにせひ「ホワイトナイル」で乾杯をしていただきますように。
博士学位、まことにおめでとうございます。