博士学位授与式 式辞 (2006年3月23日)

尾池 和夫

尾池総長

 今日、新たに、566名の京都大学博士が诞生しました。学位を得られた方々、まことにおめでとうございます。ご列席の、副学长、各研究科长、学舎长、教职员とともに、课程博士487名、论文博士79名のみなさんに、また、参列されたご家族に、およろこび申し上げます。

 皆さんの学位论文は、それぞれに関连分野に贡献し、世界の人类の知的财产として蓄积されることとなるでしょう。京都大学は、创立以来の歴史の中で、34008名の博士を送り出してきました。この学位论文の蓄积がまた新たな研究を进める基础になるのです。

 地球上には、地表に沿って、あるいは水上に、さまざまの形で人が住んでいます。私が自分の目で见ることができた住まいの形の中だけでも、たくさんの住み方がありました。例えば、ペルーの高地にあるチチカカ湖の湖面には、トトラというカヤツリグサ科の植物を长く刈り取ったもので、立派な岛を作って住んでいる人々がいます。トトラを积み上げて平らな场所を作り、そこにトトラで家を建て、トトラの束で作った舟に乗って、トトラで编んだ网を用いて鱼をとって暮らします。沉まないようにいつも新しいトトラを岛に敷きつめていきます。

 西安の郊外で见た家は、黄土层の中に彫り込んだ広い穴にありました。道に沿った崖の分厚い地层に穴を掘って、道路に面した入り口のドアと塀だけの、冬は暖かく、夏は凉しい家をつくって暮らします。

 このような場面を、専門の研究のためにフィールドを歩きながら、ふと気づいて写真に収録し、いつの日かそれが次の研究課題につながっていくこともあります。去る3月10日には、公開講演/シンポジウム、「映像が語るフロンティア精神、-京都大学フィールドワークの80年-」が開催され、また、4月30日までの予定で、写真展「異境の瞬間 -京都大学 フィールドワークの80年-」が京都大学百周年時計台記念館1階で開催されています。

 京都大学のフィールド科学の伝统は、さまざまの分野に浸透して、大きな成果を生みだしてきました。京都大学の海外拠点は今では34か所にのぼり、さまざまの形での学术交流の桥渡しをしています。

 第7回の京都大学国际シンポジウムは「地球?地域?人间の共生-野外科学の地平から」というものでした。バンコクでのこのシンポジウムには、京都大学から大学院生をたくさん含む46名が参加して研究成果を発表しました。大学院生たちによるポスター発表では、アジアやアフリカなどの各地域を研究のフィールドとして活动している様子をつぶさに见ることができました。

 京都大学の学位论文には、文字通り野外科学として、フィールドを歩いて贵重な研究を完成した论文が多く见られます。今回、学位を授与された论文の审査报告から、いくつかを引用させていただきます。

 理学研究科地球惑星科学専攻の杉戸 信彦(すぎと のぶひこ)さんの学位論文は、「逆断層の地震時地表変位の再現性:石動山断層?長野盆地西縁断層帯を例として」です。主査は、岡田 篤正(おかだ あつまさ)教授です。

 日本列岛には、约2000の活断层がありますが、その多くが逆断层です。この研究では、地震时における地表変位の特徴を调べ、地震时地表変位の再现性を、実际の事例をもって検証した成果として大きな意味をもっています。

 同じく、地球惑星科学専攻の大坪 誠(おおつぼ まこと)さんの学位論文は、「新潟褶曲帯における断層解析によって明らかになった応力状態の深さ依存性」です。主査は、山路 敦(やまじ あつし)助教授です。

 これは、新潟地域の褶曲した若い地层中に形成された多数の小断层を観察し、地震の発震机构データを用い、若い造山帯における応力状态について検讨したもので、その结果、応力场の复雑性に関して、大量の地表データおよびボーリングコアから得られた地下データを駆使しながら、造山帯における応力场の垂直変化を明らかにした研究であります。

 私たち人間はサル目ヒト科に属していますが、京都大学の霊長類研究も着々と成果をあげています。理学研究科生物科学専攻の松阪 崇久(まつさか たかひさ)さんの学位論文は、「野生チンパンジーの遊びにおける社会交渉の研究」です。主査は、山極 壽一(やまぎわ じゅいち)教授です。

 ヒトは频繁に游ぶ动物であり、ヒトの游びは、诗?音楽?スポーツなど多岐にわたり、文化的多様性にも富むとされます。この研究は、この游び行动の进化史的意义を明らかにするため、タンザニアのマハレ山块国立公园で长年调査されてきたチンパンジーの集団に见られる游びにおける社会交渉を観察したものです。これまであまり探求されてこなかった、社会的游びのコミュニケーションについて、とくに音声の机能に注目して论じ、また、新しい游びの文化の伝达について论じた论文であり、类人猿で非适応的と考えられる文化行动が伝播する意义を考察した点が、特笔に値すると评価されました。

会場の様子

 地球環境学舎地球環境学専攻の笹木 義雄(ささき よしお)さんの学位論文は、「瀬戸内海における半自然海岸および人工海岸に成立した海浜植生の自然性を評価する手法の開発」です。主査は、森本 幸裕(もりもと ゆきひろ)教授です。

 本论文は、自然海岸の消失の着しい瀬戸内海沿岸地域を対象に、失われた自然海浜植生を復元するための方法论について、復元生态学の视点から考察を加えた论考であります。丹念な资料収集と详细な现地调査结果から、客観的な植生评価手法を开発することで、自然再生のための植生管理の方法论にアプローチしたもので、景観生态学、復元生态学の発展のみならず、海浜の保全?再生事业にも寄与するところが少なくないと审査报告に述べられています。

 フィールドワークで培われた手法は、现在の现场だけでなく、歴史の研究においても活かされます。また、歴史の研究が现代の社会の研究へ活かされることもあります。
 人間?環境学研究科文化?地域環境学専攻の蘇 明明(そ みんみん)さんの学位論文は、「唐代の文人と喫茶-唐詩を中心に考察する」です。主査は、松浦 茂(まつうら しげる)教授です。

 本论文は、中国において古くから极めて精神性の高い文化として意识されてきた喫茶文化について、その大きな担い手であった文人层に焦点をあてつつ、彼らが残した文学作品を主な资料にしながら、喫茶という行為がいつ顷からどのように文学作品の対象となってきたか、そして彼らの精神生活とどのように関わってきたかを考察したものである、と报告されました。

 経済学研究科現代経済学専攻の山根眞一さんの学位論文は、「韓国財閥とコーポレート?ガバナンス~LGの歴史と経営発展~」です。主査は下谷 政弘教授です。この論文は7つの章から構成され、LGグループの経営発展を歴史的に概観し、日本企業とは異なる韓国財閥を研究したもので、現代グループや三星グループなどに比べて残されていたLGグループの実体が明らかにされた興味深い論文であります。

 また、論文博士(文学)の青山 宏夫(あおやま ひろお)さんの学位論文は、「前近代地図の空間構成と地理的知識」です。主査は、金田 章裕(きんだ あきひろ)教授です。

 この论文は、近代地図成立以前に日本で作製された地図を中心に、その表现法とそれによって再构成された地図空间の特质、および地理的知识や景観について考察したものです。前近代地図が空间変换と记号化に関して、近代地図と大きく性格を异にしている点に注目して研究が行われました。

 論文博士(工学)の宮井 宏(みやい ひろし)さんの学位論文は、「古記録を用いた京都の冬季気温と降水量の推定に関する研究」です。主査は、池淵 周一(いけぶち しゅういち)教授です。

 本论文は、京都で记された日记体の古记録と諏访大社の御神渡の记録を収集?编纂し、11世纪以后の京都の冬季気温と降水量を推定するとともに、ヨーロッパにおける観测値などとの比较、検証をはかった结果をまとめたものです。例えば、小氷期の気温低下を除き、京都とブリテンの気温変动が同调していること、また両地点の降水量がともにこの1000年间、渐増倾向にあることなどを明らかにしており、たいへん兴味深い研究成果をまとめておられます。

 滨翱顿笔(统合国际深海掘削计画)と呼ばれる国际プロジェクトが始められました。日本やアメリカ合众国、ヨーロッパの15か国が参加して、海底から地下构造を调査するものです。日本の海洋探査船「ちきゅう」も、このプロジェクトに参加し、水深4000メートルの海底から、深さ7000メートルのマントルに达する掘削を行います。例えば、地下深部の岩の中にどんな微生物がいるかという课题もあり、それらが生命の起源となった可能性をもつのかどうかというような研究课题があります。このような壮大な计画も、やはりフィールドワークの精神で行われると私は思っています。

 2006年4月から始まる第3期科学技术基本计画では、5年间で25兆円を投资するという政府の方针があります。2006年度の计画では、宇宙航空研究开発机构のロケット打上げ计画が目立っています。世界的な高性能を夸るスーパーコンピュータの开発に注目する人もいます。このような大规模な研究にも、京都大学からたくさんの研究者に参加しほしいと思います。またその一方で、今日いくつか绍介したような、フィールドワークの精神を活かした基础研究も、今后とも京都大学の伝统として育てていくことが大切です。

 本日、博士の学位を得られた皆さんは、これからさらに学问の世界に深く入っていこうという方、社会人として新たな场所で活跃を始めようという方、さまざまの道があると思います。学位论文をまとめる课程で得た知识と知の创造の経験を生かして、知の蓄积を広く世界へ伝える役割も果たしていただきたいと思います。同时に、京都大学の学生たちを后辈として直接に、あるいは间接的にご指导いただくようお愿いします。

 人类の福祉に贡献するという基本を忘れず、さらなる研钻を积んでいただくことを愿って、私のお祝いの言叶といたします。

 おめでとうございます。