尾池 和夫

本日の学位授与式では、课程博士49名、论文博士20名の方々が博士になられました。ご列席の副学长、各研究科长とともにお祝い申し上げ、研究成果をまとめ上げられたご努力と才能に敬意を表したいと思います。また、ご参列のご家族に心からおよろこび申し上げます。
皆さんの学位论文は人类の知财となり、学问が次の段阶に発展する道となることでしょう。课程博士の皆さんが励んできた数年を见ながら、次の学年の后辈たちが后を追って来ています。それ自身が大学院における密度の高い教育の质を高めます。また、皆さんの研究成果は、京都大学での研究と教育と医疗の进展に寄与するものとなり、京都大学の歴史に刻み込まれるものとなります。
また、论文博士の皆さんは、自学自习の努力の结果、学位を得られたもので、ある方にとっては生涯の学问の集大成であり、ある方にとっては仕事をしながらの积み重ねの结果であると思います。いずれにしても、今日の学位は皆さんの今后のご活跃の出発点に位置づけられるものであり、今后とも健康を保ちながら、皆さんがさらなるご活跃をされるよう祈っております。
京都大学にとって3つのうれしいニュースが、この10日ほどの间に立て続けに京都新闻の一面を饰りました。
5月13日には、京都大学は、东アジアの4つの大学や研究机関である、中国科学技术大学、韩国科学技术院、香港科技大学、台湾大学、ぞれぞれとの间に交流协定を结び、これら5つの大学や机関の长が一同に会して调印式を行いました。
同じこの日、京都大学のほか、大阪大学、庆应义塾大学、东京工业大学、东京大学、早稲田大学の6つの大学が「日本翱颁奥连络会」を组织して、惭滨罢(マサチューセッツ工科大学)が提唱する翱颁奥(翱辫别苍颁辞耻谤蝉别奥补谤别)规格に準拠した、讲义情报の公开を行うと発表しました。この仕组みを通して、京都大学の持つ知的资产を大いに世界の人々に活用してほしいと、私は愿っています。
また、日本で初めてノーベル赏を受赏した私たちの大先辈である汤川秀树博士が「ユネスコメダル」に登场し、5月17日に基础物理学研究所の九后所长から汤川スミ夫人に手渡されました。このメダルは、世界遗产や、特に优れた功绩を残した人物や歴史的な出来事にちなんで作成されるメダルです。日本人がデザインされたユネスコメダルは初めてですし、おそらく人物では东アジアでも初めてだろうと思います。
この伝达式の时、汤川夫人から终戦后の思い出を少し伺いました。汤川秀树博士が、1948年(昭和23年)に渡米して、アインシュタイン博士と会った际、アインシュタイン博士は、汤川博士の手を取って涙を流したそうです。アインシュタインは、バートランド?ラッセルとともに平和と核兵器の廃絶を诉える「ラッセル?アインシュタイン宣言」を提唱し、これに汤川博士を含む9名の学者が賛同の署名をしました。
今日は、最近のこれら3つのニュースに関连して、东アジアのことを考えてみたいと思います。
今年、2005年は、アインシュタインが光电効果の理论、ブラウン运动の理论、特殊相対性理论の、3つの革命的な论文を発表した年から100年を记念する世界物理年です。国连も2004年6月10日の第58回総会で、2005年を国际物理年と决议しました。
アインシュタインの一般相対性理论は、1916年に刊行され、その実験的証明の1つは、1919年の皆既日食の観测によるものでした。1919年5月29日の南半球での皆既日食に向けて、イギリスの天文学者エディントンは、観测队を率いてギニアでそれを観测しました。この日、天候は良くなかったのですが、星の撮影に成功し、写真の分析から星が确かにずれて観测されたことが确认されました。ずれの角度は一般相対性理论の方程式で计算される値と合っていました。
アインシュタインは、1922(大正11)年11月に、讲演のために日本に向かう船の上で、ノーベル物理学赏の受赏の报を受け取りました。
物理学の世纪といわれた20世纪の初头のこの顷、一方では东アジアで、1919年には、朝鲜で「叁?一独立运动」が、中国で「五?四运动」が起こりました。いずれも抗日运动でした。1920年には、日本が国际连盟に加盟して常任理事国になり、1921年には、原敬が刺杀され、1923年には関东大震灾で在日朝鲜人が杀害されたというような时代でした。
今年5月4日に、私は韩国の高丽大学の创立100周年记念式典に参加しましたが、その机会に高丽大学の鱼(オー)学长、北京大学の许(スー)学长と3人で、东亜日报の主宰する座谈会に临みました。そこでは、各国の大学が连携して、东アジアの国々で共通の歴史认识を持つための努力をしなければならない、ということで意见の一致を见ました。

京都大学ではさまざまな観点から东アジアの研究が行われています。私自身も东アジアの変动帯の特性を调べてきました。本日、学位を授与された皆さんの论文の中にも、东アジアの地域に焦点を当てた研究成果がたくさんあります。
経済学研究科経済動態分析専攻のデービッド?ブルース(David S. Bruce)さんの学位論文は、「国際的な攪乱の移転に関する国際経済における日本の役割」というものです。主査は橘木俊詔(たちばなき としあき)教授です。
この论文は、いかなる要因が近代日本経済の特徴を形成したかを歴史的に考察し、また日本が国际経済の関係の中でどのように位置づけられるかを分析したものです。着者は200ほどの论文や书籍を読破し、日本语の文献もすべて参照して、明治、大正期から现代の日本経済を、世界経済との比较という観点で论じ、日本経済の特色を考察しました。
文学研究科思想文化学専攻の李淑珠(リ シュクシュ)さんの论文は、「サアムシニーグ(厂辞尘别迟丑颈苍驳)」を描く-陈澄波(一八九五~一九四七)とその时代-」というものです。主査は岩城见一(いわき けんいち)教授です。
この论文は、近代台湾洋画の代表者の一人、陈澄波(1895-1947)の作品の意味を、植民地时代の歴史的情况を考虑しつつ解明することを试みたものです。
着者は、现代の陈澄波像の不备を补いながら、戦后のみならず、戦前、戦中を考虑に入れて、この画家を捉え直そうとしました。
そのため第一章では、画家の年表の新たな作成がなされ、これまでの年表の是正が行われ、何度も画家の遗族を寻ね、残された多くの遗品を调査、整理したことにより、これまで曖昧であった、画家の生涯と作品の制作年代に関して、盖然性の高い年表を作成しました。本论分の「别册」に入れた、画家所蔵の多くの作品写真、絵叶书、书简に関する一覧表もまた、重要な情报を提供するものです。
论文博士の田中健路(たなか けんじ)さんの论文は、「チベット高原における大気陆面相互作用に関する観测的研究」という题で、主査は、石川裕彦(ひろひこ)助教授です。
标高4000mを越えるチベット高原は、対流圏中层における大気の冷热源としてアジアモンスーンの形成と変动に大きな影响を与えると言われています。
本研究では、1998年から2003年まで、チベット高原上実施した大気?陆面観测データを用いて、チベット高原上の大気陆面相互作用を定量的に明らかにしました。
例えば、月平均でみると冬季においても高原の地表面が大気への热源として働いていることなども、この研究で明らかになりました。
アジア?アフリカ地域研究研究科東南アジア地域研究専攻のギエム?フオン?トゥイエン(Nghiem Phuong Tuyen)さんの論文は「ベトナム北部山地の発展過程における都市ー農村関係と郡都の役割」というもので、主査は、速水洋子(はやみ ようこ)教授です。
この研究は、ベトナム北部山地における地方都市の役割を现地调査に基づいて検讨したものです。ベトナム北部山地は、19の省都、139の県都が散在する広大で起状に富んだ地域であり、中国とラオスと国境を接し、开発の途上にあって様々な可能性とともに环境问题や贫困问题などを抱えています。
申请者は、ベトナム人の研究者ですが、それでも北部山地の调査活动を全く自由に行えるわけではないそうです。そうした中で、本论文は、ベトナム北部山地や农村开発における都市の役割を理解する上で重要な贡献であることは间违いないと审査报告にあります。
农学研究科热帯农学専攻の园江満(そのえ みつる)さんの论文は、「ラオス北部の环境と农耕技术-シャン文化圏における稲作の生态-」という题で、主査は、樱谷哲夫(さくらたに てつお)教授です。
ラオス北部は、タイ、ビルマ(ミャンマー)、中国と国境を接し、东南アジア大陆部山地の中でも特に言语的、民族的多様性に富んだ地域であり、周辺地域との文化的交流によって特异な农耕の技术を育んだ地域です。
本论文は、数多くの民族によって构成される复合文化交流圏にあるラオス北部の农业と农耕文化を、稲作の技术と农业生态の面から明らかにすることを目的したものです。これまでのラオス农业の见解を见直すとともに、「タイ系民族は水田农民である」とされる一般的理解にも新しい知见を加えたものであります。
情报学研究科社会情报学専攻の叁田村启理(みたむら ひろみち)さんの论文は、「バイオテレメトリー情报によるメコンオオナマズの行动に関する研究」という题目です。主査は守屋和幸(もりや かずゆき)教授です。
この研究では、东南アジアのメコン川水系に生息する絶灭危惧种、メコンオオナマズの资源维持管理に资するため、人工受精によって生产されたメコンオオナマズの行动パターンおよび自然环境への适応能力を把握するため、バイオテレメトリーモニタリング调査が行われました。その结果、今まで谜に包まれていたメコンオオナマズの行动生态が明らかにされるとともに、人工受精によって生产されたメコンオオナマズを用いることで资源维持管理が可能であることを示したものです。
メコン川において、メコンオオナマズの行动を、3年に亘りモニタリングするという困难な调査を実施した结果、メコンオオナマズはメコン川において大回游することが可能であると分かりました。また、本研究によって确立されたバイオテレメトリー手法はメコンオオナマズにのみならず、さまざまな応用が可能な手法であることが示されました。
このように东アジアを见るということ一つをとってみても、さまざまな面からそれを见ていかなければ、理解を深めることは困难だということがわかります。今日绍介した皆さんの学位论文も、これからの21世纪の东アジアの人々の生活を豊かにしていくことに、きっと贡献するであろうと、私は思っています。また、东アジアの人々がお互いに理解を深め、相互の交流を深めていくことに贡献すると思います。そのためには、论文の成果を広く市民に伝えることが皆さんのこれからの重要な仕事の一つであるということも、ぜひ心に止めておいてほしいと思います。
ところで皆さんは、自分の学位论文が将来どのように社会に役立つとお考えでしょうか? アインシュタインのノーベル赏の受赏理由は「理论物理学の诸研究、特に光电効果の法则の発见」というもので、相対性理论ではありませんでした。それは、ノーベル物理学赏が「人类に大きな利用価値をもたらすような、物理学の新たな発见に対して授与する」とされていることに関係があります。相対性理论は物理学の土台となる时间や空间の性质を再定义しただけで新たな発见と呼べるかどうかとか、また光の速度に近い世界の理论が利用価値があるのか、というような识者の意见があったということです。ノーベル赏の世界でも、役に立つかどうかというような议论が常に行われることがわかりますが、80年以上たった今では、相対性理论は役に立つ理论であると、多くの人たちが思っていることでしょう。
今年の世界物理年を経て、物理学の世界で、重力を加えて「超大统一理论」が完成するのは、いつの日になるのでしょうか。役に立つかどうかというような议论を超越して、それにも京都大学の研究者が贡献できるよう、大いに期待したいと思います。
皆さんの今日までの研究成果が、さまざまな场所で活用され、また、皆さんの研究が今后とも、ますます発展していくことを祈って、私のお祝いの言叶といたします。
博士学位、おめでとうございます。