第26代総長 山極 壽一
本日、京都大学から博士の学位を授与される190名の皆さん、诚におめでとうございます。
学位を授与される皆さんの中には、58名の留学生が含まれています。累计すると、京都大学が授与した博士号は42,746となります。列席の理事、副学长、研究科长、学馆长、学舎长、理事补をはじめとする教职员一同とともに、皆さんの学位取得を心よりお祝い申し上げます。
京都大学が授与する博士号には、博士(文学)のように、それぞれの学问分野が付与されており、合计22种类もあります。これだけ多様な学问分野で皆さんが日夜切磋琢磨して能力を磨き、その高みへと上られたことを、私は心から夸りに思い、うれしく思います。本日の学位授与は皆さんのこれまでの努力の到达点であり、これからの人生の出発点でもあります。今日授けられた学位が、これから人生の道を切り开いていく上で大きな助けとなることを期待しています。
私は総長に就任して以来、大学を社会や世界に開く窓として位置づけ、WINDOW構想を掲げてきました。大学に期待される教育、研究、社会貢献という三つの役割のうち、教育を大学全体の共通なミッションとし、有能な学生や若い研究者の能力を高め、それぞれの活躍の場へと送り出すことを全学の協力のもとに実施してきました。WINDOW構想の最初のWはWild and Wise、野生的で賢い能力の育成を目標にしています。IはInternational and Innovative、世界の舞台に立って、独創的な考えを発信しながら、自分で判断し行動できる人を育てたいと思っています。NはNatural and Noble、DはDiverse and Dynamic、OはOriginal and Optimistic、最後のWはWomen and Wishです。これから社会に出て行く皆さんはぜひその模範となっていただきたい。また、WINDOW構想では、女性の活躍を支援して希望のある社会を築くことを謳い、男女共同参画推進アクションプランを提示しています。本日学位を授与された皆さんの中には、46名の女性が含まれています。この数は年々増えていくことでしょう。ぜひ、ご自身の経験と能力を活かしながら、男女が分け隔てなく、楽しく働ける社会の実現へ向けて、皆さんのご活躍を期待しております。
さて、本日学位を授与された论文の报告书に目を通してみますと、京都大学らしい普遍的な现象に着目した多様で重厚な基础研究が多いという印象とともに、近年の世界の动向を反映した内容が目に留まります。グローバル化にともなう国际法の整备、异文化との交流における観光戦略、少子高齢社会のあり方、情报技术、地球规模の気候変动や灾害、社会の急激な変化への対策、心の病を含む多くの疾病に対する新しい治疗法などです。ほとんどの研究テーマは私の属する学问分野の外にあって、私の理解力をはるかに超えているのですが、なかでも私の兴味を引いた论文をいくつか挙げてみることにします。
法学研究科の山田卓平さんの「国际法における紧急避难」は、义务的裁判を前提とできない国际社会において紧急例外の必要性とその机能を分析しています。これまでの国家の紧急事态にこの例外がどのように作用してきたかを検証し、现在の状况に実践的な効果を発挥するために规范内容のさらなる緻密化?明确化、国家责任法体系の见直しや、个别的紧急例外规则の整备の必要性を提言しています。
人間?環境学研究科のDaniel Jerome Milneさんの「Discourses of Japan in Anglophone Tourist Guidebooks: Transformations and Continuities Since the End of the 19th Century」は、19世紀末から現代までに日本、英国、アメリカ、オーストラリアで発行された英語の観光ガイドブックに、日本がどのように表象されてきたかを分析しています。英語圏ではツーリズムの発展が植民地主義の拡大や国際政治の動きと強く結びついており、西洋の日本への見方にもオリエンタリスト的な要素が存在します。それはツーリズムの大衆化や、日本の軍事力や政治力の強まりとともに変化し、戦後は女性性を強める日本が、さらに現代では超モダンなものと伝統的なものとの混合体として表象されるようになりましたが、そこにも意識的、無意識的な多様なオリエンタリスト的な影響があると考察しています。
工学研究科の宫野顺子さんの「高齢者の共同居住に适合した住宅の运営手法に関する研究」は、亲子や配偶関係といった社会的纽帯を有する个人が减少するなかで、共同居住が成立するための背景因子をさまざまな事例分析から考察し、今后の运営に资する知见として、(1)居住者の主体性に期待せず、交流の机会を设ける。(2)高齢者のなかでも、世代を混在させる。(3)长期居住を志向する枠组みをつくる。(4)第叁者の目をもつこと、が重要であることを指摘しています。
情報学研究科の満永拓邦さんの「Cryptographic Protocols for Secure Electronic Commerce」は、サイバー攻撃による被害が深刻化するなか、暗号理論に基づき、多角的な観点から安全な電子商取引の実現を考察しています。オンラインオークションのセキュリティについての効率的なプロトコル、逸脱するプレイヤーに罰則を与えるパニッシュメント戦略、電子商取引をシステム上で実装した際のセキュリティ課題を解消するための、Web Storageという機能を用いた安全な認証方式を提案しています。
地球环境学舎の塩野崎和美さんの「奄美大岛における外来种としてのイエネコが希少在来哺乳类に及ぼす影响と希少种保全を目的とした対策についての研究」は、イエネコの生态学的研究と、イエネコに対する住民の意见や意识を把握する社会学的研究を组み合わせて、现状の把握と対策の検讨を行っています。イエネコが希少哺乳类のアマミノクロウサギ、アマミトゲネズミ、クマネズミを主な饵としていること、森林部全域で800头を超えるノネコ(野生生物を饵とするイエネコ)が生息し、年间约1万头のアマミノクロウサギが捕食されている可能性があるという报告は衝撃的です。「饲い猫の适正饲养条例」で定められている「饵やりの禁止」が、饲い主のいないイエネコの饵资源として野生动物への依存度が増していることを指摘し、住民意识の向上と适正な条例改正が望ましいと提案しています。
これらの论文は现代世界で起こっている问题に鋭い分析のメスを入れ、その解决へ向けて提言を出すということで共通しています。未来へ向けての适切な道标となると思います。この他にも、タイトルを见ただけでも中身を読んで详しく内容を知りたいという気持ちをかき立てる论文や、私の理解能力を超えたたくさんのすばらしい研究が学位论文として完成されており、私はその多様性に惊きの念を禁じえませんでした。この多様性と创造性、先端性こそが、これからの世界を変える思想やイノベーションに结びついていくと确信しています。
京都大学は研究大学として世界に冠たる実绩を残しています。9人のノーベル赏、2人のフィールズ赏などをはじめとする数々の国际赏はその証左として、京都大学が大いに夸るところです。しかし、京都大学の研究には别の夸れる実绩があります。この7月に、私はアフリカのケニア共和国の首都ナイロビを访问しました。ここには日本学术振兴会のリエゾンオフィスがあり、今年はその50周年に当たるというので、それを祝う记念シンポジウムが开催されたのです。私は1980年から82年までそのオフィスに驻在员として勤めたことがあり、长年京都大学は多くの研究者を驻在员として派遣してきました。そこで、この机会に京都大学アフリカ同窓会を结成しようと考え、アフリカ各地から京都大学に留学経験のある方々に声を掛けました。多くの方々に集っていただき、京都大学时代の勉学や研究の话に花が咲きましたが、一つとても印象に残ったことがあります。それは、みなさんが口々に自分で研究テーマを见つけ、それを発见に结びつけ、新しい理论に完成させるのにとても大きな労力を要したこと、しかしその过程で多くの信頼できる仲间を得たことでした。
ナイロビ郊外にはジョモ?ケニアッタ农工大学という大学があります。これは1978年に闯滨颁础の援助によって建设が始まり、当时のケニアの大统领の名を冠して科学技术による国力の増强を目的として创立された大学です。最近、国际开発ジャーナル社から刊行された「アフリカに大学をつくったサムライたち」によれば、创设当初から京都大学は多くの研究者や教员を派遣し、この大学造りに全面的な协力をしてきました。1978年といえば、私が初めてアフリカの土を踏んだ年であり、ナイロビにもその行き帰りに数日滞在しました。そのとき大学を造るという大事业に、私が所属している大学の先生方が取り组んでいるとは知りませんでした。それから20数年を経て、2000年にやっと闯滨颁础からケニア政府に正式に引き渡されることになったわけですが、その事业に最初から関わった中川博次という先生がいらっしゃいます。当时、京都大学工学部土木工学科の教授で、草案作りから大学の完成まで一贯して指导的な役割を果たされました。中川先生は退官记念讲演で、「京大にはノーベル赏だけでなく、もう一つの伝统がある」と语っておられます。それは、自ら进んで辺境の地へ赴き、世界の人々が抱えている问题に命をかけて取り组むという伝统です。京都大学にはインドにハンセン病の救ライセンターをつくった宫崎松记先生をはじめとして、世界各地で难题の解决に奔走してきた、たくさんの方々がいらっしゃいます。しかも、それらの多くは京都大学で培った独特の精神风土によって成果を挙げています。
その一例がジョモ?ケニアッタ农工大学です。当时ケニアでは、工业や农业の専门家を作る学校においては、その资格を得るための国家试験を在学中に受ける必要がありました。试験にパスすることが勉学の目标になり、多くの学校は合格率を竞い合っていました。しかし、中川先生たちは、それでは学生の考える力が身につかないと言って、数学、物理、化学といった基础科目に重点を置いた授业を始めました。これはケニア政府の教育担当者から、「シラバスにない」と反発されたり、学生からも「国家试験に合格しない」と不満が出たそうです。しかし、中川先生たちが断固としてこの基础教育を推し进めた结果、しだいに学生たちに考える力がつき始め、逆に国家试験の合格率が高まるばかりか、イノベーションの创出につながるようになったそうです。それが功を奏して、1994年には本格的な独立した大学ユニバーシティ?カレッジへと昇格を果たし、博士课程を持つことができるようになりました。最近ではケニアの农业や工业を牵引する多くの企画を生み出し、何人も起业家を辈出していると闻きます。まさに、京都大学の精神がアフリカで一国をリードする大学を创出したのです。それは私たち京都大学の大きな夸りであるとともに、今日学位を取得した皆さんにもこの成果を一つの道标としていただきたいと思うのです。
皆さんの学位论文は、未来の世代へのこの上ない赠り物であり、皆さんの残す足跡は后に続く世代の目标となります。皆さんが京都大学で培った研究者としての夸りと経験を活かして、どうか光り辉く人生を歩んでください。
本日は、诚におめでとうございます。