平成15年9月29日 博士学位授与式式辞

平成15年9月29日

 本日京都大学博士の学位を得られた课程博士84名、论文博士41名の皆さん、まことにおめでとうございます。ご列席の副学长、各研究科长とともに心からお喜び致します。

 私はこの夏京都大学フィールド科学教育研究センターの北海道研究林を见学に行ってきました。京都大学には全国各地に研究のための施设がありますが、访れた研究林は最も北に位置する施设であります。研究林としては芦生、和歌山のほかに、上贺茂、徳山にも试験地を持っていますが、この北海道の研究林では、北の寒冷地における林の特徴は何かを明らかにし、持続的な森林资源の管理手法の确立を目指しています。たとえば标茶(しべちゃ)区のヤチダモ、ミズナラなどの落叶広叶树の天然林とトドマツが混生する白糠(しらぬか)区の针広混交林の动态とその比较研究、トドマツやカラマツ人工林の育成の方法、ノネズミや鹿などによる被害防除法といったことを含み、いろんな観点から研究をしています。

 最近は外国から木材が大量に移入される时代となって、国内の木材生产は経済的にはほとんど成り立たない状况になっているのはまことに嘆かわしいことです。そこでいきおい、高品位?高树齢の大木を计画的に造る方向に行かざるをえないのですが、これには80年以上の年月を必要とし、その间に树の密度管理を适切に行わねばならず、间伐作业などを必要とするのであります。そこで间伐材の利用法を考えねばなりませんが、国产の木材にはそれなりの良さがあって、その长所を理解し、活用することも课题とのことであります。

 见学の日はちょうど1回生のポケットゼミの学生诸君が6名来ていて、一绪に白糠区の山林の中を歩き、林长の竹内典行教授から直接种々の説明を受けました。低地の落叶広叶树林から山の上の方へ向かって木の种类が変わっていく有様、なぜそのような林の生态构造になるのか、高い木と共存してその下に多くの低木が広がる林に比べ、整然と密生して植えた针叶树の林の中は日が当たらないこともあって何も生えず、したがって访れる鸟も少なく、死に濒した场所になっていることなど、长年の経験を交えて现场を见ながら説明いただき、いわゆる针広混交林の豊かさ、すばらしさがよく理解できました。芦生の研究林とは生えている树种がずいぶん违いますが、混交林は様々な草花や树木だけでなく、花や植物の実を求めて多种多様な动物が集まって来て、お互いに食べ、食べられながら调和を保って共存する循环的な世界を形成していることはすばらしく、自然の仕组みの合理性と伟大さがよく分かりました。

 同じことがご案内いただいた近くの釧路湿原についても言えます。この広大な湿原は豊かな水のおかげで多くの植物が生えては枯れ、生えては枯れして、腐らずに数メートルもの厚さに堆积しており、简単に人を近づけません。そしてそこには豊富な鱼や鸟が住んでおり、丹顶鹤などの渡り鸟がやってくるのです。しかしこのような湿原も周辺の人家の活动によって徐々に狭められ、水质も必ずしも良くなく、アメリカザリガニなどが繁殖して生态系が変わりつつあるのだそうであります。

 湖沼や河川、干潟など、湿地の保全と贤明な利用を目的として1971年にイランのラムサールで採択された国际条约は、正式には「特に水鸟の生息地として国际的に重要な湿地に関する条约」という名称ですが、このいわゆるラムサール条约に日本は1980年に加入し、釧路湿原を日本の第1号として登録しました。そして1993年には第5回ラムサール条约缔约国が釧路に集まり、湿地の保全と管理、贤明な利用、そういったことについての国际协力ということを釧路声明として発表しております。そうしたこともあって、环境庁をはじめ、地元の方々の手で湿原の保全への努力が行われるようになっています。

 できるだけ多くの人がこのような自然を守ることの大切さを认识する必要がありますが、それは実际に见て初めて分かることでもあります。たとえば生物多様性の世界は、実际に観察してみると、分かっていると観念的に思っていたこととは大违いで、その豊富さは惊くばかりのものでありました。何事につけても実际を确かめることの大切さを改めて认识しました。

 日本の植物?动物の生态系は近年の急激な地域开発、工业化によって决定的な破壊の渕に立たされています。我々人间は本来的に自然に育まれるべきものでありますし、颁翱2排出问题を考えてみても森林を大切にするだけでなく、多様な动植物が共生する自然林を积极的に造ってゆくという方策が必要であります。このような森林には必ずといってよいほど美しい川があり、そこにはまた多くの鱼が生息しており、これを目あてに鸟や獣がやって来て、それらの鸟獣はまた木の种を运ぶ役目もするのであります。こうして森はますます豊かになってゆきます。豪雨による地滑りを防ぎ、砂防ダムやコンクリート壁の护岸などをできるだけ避けるためにも、山林を豊かな天然混交林にすることの大切さが再発见されてきております。30年前后の中くらいの太さの木材の生产を最高优先顺位とするという従来の山林の管理运営方式でなく、地球环境の保全を第一の目的としながら、木材生产事业、木材利用事业が成り立つという方向を追求する时代になってきているのでしょう。

 竹内先生のお话によれば、林学における基本的な実験计画は少なくとも二、叁十年単位、あるいは五十年から百年を1つのサイクルと见て组み立てられているようであります。どのような种类の树木がどのような気候のどのような土壌に适合するか、新しく植林してそれがどのように生育してゆくか、雑木と植えた针叶树とが种々の条件のもとでどのような竞合関係を构成するか、ある植物がどのようにして他地域に広がり、他の植生を侵略してゆくかといったことを実际に観察するといったことは、その例であります。

 このような研究は1人の教授在任期间で完结せず、2代、3代の教授に引き継がれていって初めてはっきりした结果が出せるわけで、実に息の长い研究が必要なのであります。百年、二百年先の子孙や人类のことを考え、将来の地球のことを考えて、いま我々は何をなすべきかをもっと真剣に検讨せねばならないでしょう。世界全体がものすごいスピードの竞争时代になってしまって、我々すべてが一年先、あるいはせいぜい数年先のことしか考えられないようになってしまっているのは実に嘆かわしいことであります。

 こういった実に长期间にわたる研究があるかと思えば、今日のゲノム関係の研究のように、日夜をわかたず実験を行い、新しい知见を一刻も早く见つけ、他の研究者に负けないように発表するといった研究分野もあります。同じ大学における研究といっても、このように分野や目的によって、その研究の进展速度は全く违うのであります。国立大学を法人化するとともに竞争原理を导入して评価を行うという时代になりつつありますが、このように研究の时间轴が全く异なるいろんな研究があることをよく认识しなければならないでしょう。そういったことは観念的には分かっていても、1年间に几つも论文が発表される分野に目がゆき、何年もかけないと结论が得られないという自然を相手にした研究は评価において不利になりかねないのであります。こういった何年も、あるいは2代、3代にわたって研究を続けないと结论が得られないような研究は、どこの大学ででも行われうるものではなく、京都大学のようなところでしかできないもので、そういった意味からも我々として非常に大切にすべき研究であります。

 このような性格を持った研究分野は文系?理系のいずれにも多く存在していますが、优秀な若者がそういった分野に积极的に入ってゆけるような环境を整备することが大切であります。长期にわたる奨学金を出し、成果に対する评価は毎年せず数年おきに行うなどの工夫が必要になると思われます。大学に竞争原理を导入するのは必要でしょうが、「角をためて牛を杀す」 といったことにならないような注意が必要であります。

 今日、京都大学博士の学位を得られました皆さんは、3年で论文を仕上げた人、4年5年かけた人、あるいは10年以上の年月をかけて他の人ではとうてい到达できない独自の世界を筑いた方々など、いろんな方々がおられると思いますが、京都大学博士はその名に値する高いレベルのものでありますから、この博士号を夸りとして、これからまた一段と有意义な活动をされ、社会に贡献して下さることを期待したいと存じます。