平成13年4月11日 大学院入学式

大学院入学式式辞

平成13年4月11日
総长 长尾 真

 大学院修士课程入学者2,115名、博士课程入学者916名、合计3,031名の皆さん、京都大学大学院への入学まことにおめでとうございます。ご列席の各研究科长とともに、心からおよろこび致します。

 皆さんは大学の学部4年间に教养をつみ、基本的な学问を修得しました。そして大学院において、さらに広く深い基础的な学问、あるいは学问の进展した部分、先端的な部分を学ぶとともに、自分の研究テーマを见つけ、自ら主体的に研究を行うことになるでしょう。

 しかしここで皆さんは、大学院とは何か、大学院の目的は何なのか、そこで皆さんは何をしようとしているのかを、改めて问うてみる必要があるでしょう。ところが実はこの问いに対する答は难しいのであります。そもそも大学を法律上规定している学校教育法においても、その第52条において、

 大学は、学术の中心として、広く知识を授けるとともに、深く専门の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展开させることを目的とする。

とのみ书き、またその第65条において、

 大学院は、学术の理论及び応用を教授研究し、その深奥をきわめて、文化の进展に寄与 することを目的とする。

としか书かれておりません。

 そこでこれでは不十分であるとし、また今日の学术の进展と社会の诸活动の高度の専门化に対応することが必要であるとし、平成10年10月に大学审议会は「21世纪の大学像と今后の改革方策について」という答申において、大学院について次のような记述を行いました。

  • 大学院は、あらゆる学问分野にわたり基础研究を中心とした学术研究の推进とともに、研究者の养成及び高度の専门的能力を有する人材の养成という役割を担うものであり、将来にわたって我が国の学术研究水準の向上や社会?経済?文化の発展を図る上で极めて重要な使命を负っている。21世纪初头の社会状况の展望等を踏まえると、これからの社会が特に必要としているのは、细分化された个々の领域における研究とそれらを统合?再编成した総合的な学问とのバランスのとれた発展であり、学术研究の着しい进展や社会?経済の変化に対応できる幅の広い视野と総合的な判断力を备えた人材の养成である。社会の高度化?复雑化が进む中で、主体的に変化に対応し、自ら将来の课题を探求し、その课题に対して幅広い视野から柔软かつ総合的な判断を下して解决する能力を育成することは、研究者の养成あるいは高度専门职业人の养成や社会人の再教育など、いずれの方向性を目指すにせよ大学院においても等しく强く求められるところであり、教育研究の高度化?多様化を更に推进していかなければならない。
  • 大学院は、それぞれの课程の目的?役割を明确化していくことが课题となっており、とりわけ、修士课程にあっては、研究者养成の一段阶又は高度専门职业人の养成などその役割の方向性を明らかにし、それに即して、学部教育で培われた専门的素养のある人材として活跃できる基础的能力に立ち、専门性を一层向上させていくことが重要である。また、博士课程にあっては、基础的?先駆的な学术研究の推进、世界的な学术研究の拠点、优れた研究者の养成などの中核的机関としての基本的な役割が极めて重要である。
  • 今后の大学院の在り方としては、その教育研究水準の质的向上とあいまって、全体として研究者养成に加え、高度専门职业人养成の役割をもより重视した、多様で活力のあるシステムを目指すことが重要である。そのため、これまでの高度専门职业人の养成の充実と併せて、これを更に进め、特定の职业等に従事するのに必要な高度の専门的知识?能力の育成に特化した実践的な教育を行う大学院修士课程の设置を促进することとし、制度面での所要の整备を行い教育研究水準の向上を図っていく必要がある。高度専门职业人の养成に特化した大学院修士课程は、カリキュラム、教员の资格及び教员组织、修了要件などについて、大学院设置基準等の上でもこれまでの修士课程とは区别して扱い、経営管理、法律実务、ファイナンス、国际开発?协力、公共政策、公众卫生などの分野においてその设置が期待される。

 大学审议会のこの答申にもとずいて、京都大学にも従来の修士课程とは区别された大学院修士课程が医学研究科に社会健康医学専攻として作られました。

 そこで、京都大学大学院に入学された皆さんの大学院での目的は何かがここで问われることになります。皆さんそれぞれにこの问を问うていただきたく思います。

 京都大学は日本では1,2を争う研究中心の大学であり、ノーベル赏学者を排出して来ましたし、世界に名の知られた多くの研究者を拥する大学でありますが、その活力の中心は先生方の研究とともに、いっしょに研究する大学院学生の皆さんの力にあるのであります。たとえば、昔の话になりますが、ノーベル物理学赏をもらわれた汤川秀树先生や朝永振一郎先生などは、旧制大学の时代ですが、大学生の时に既に核物理学の世界の最先端の学术论文を読み、それを批判し、自分の考え方を形成して行かれたのであります。このような研钻をされたからこそ、汤川先生は27才の若さで中间子の存在を予言する独创的な论文を书くことができたのであります。

 皆さんもそれぞれの分野で、世界の最先端がどこにあって、そこでは何を问题にして议论がなされているか、その先に横たわっている课题は何かを、若く鋭い感覚で嗅ぎとって、果敢に挑戦してゆかねばなりません。独创的なことは、多くの场合、若い20才代に出てくるのであり、皆さんも学问の最先端がどうなっているかを早く知る努力をしなければなりません。

 ただそういったことの前提には、自分はどういったことに兴味があるか、大学院に入って何をしようとしているのかということをはっきりと自覚していることが必要であります。そういった自覚を持っている人は、どのような勉强をすればよいか、どのような本や学术雑誌を読み、どのような资料やデータと対决しなければならないかがすぐに分かるでしょう。そういった自覚をいまだ持っていない人は、これから人一倍専门书を学び、学术雑誌を読むことが必要であります。そうすることによって、自分の兴味のあるテーマが浮びあがって来て、何をするべきかが分ってくるでしょう。いずれにせよ、よいアイディアを出すためには、不断の勉强が必要であります。

 研究者を指向せず、高度専门职业人になることを目ざしている人においても、大学院において新しい课题を见つけ、それに解决を与える努力をすることは必须のことであります。未知の问题に出会ったとき、これをどのように解决してゆくかが、社会において高度専门职业人に期待されている能力であり、これは研究という训练を通じて最もよく体得されるからであります。

 いずれにしても、皆さんは自分で自分の课题を见つけ、これに挑戦してゆくことが求められています。皆さんの大学院生活が実りのあるものであることを期待し、皆さんの京都大学大学院入学へのお祝いの言叶といたします。