令和5年度大学院秋季入学式 式辞(2023年10月7日)

第27代総長 湊 長博

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 本日、京都大学大学院に入学した修士课程83名、博士(后期)课程138名、専门职学位课程5名の皆さん、入学おめでとうございます。教职员とともに、皆さんの入学を心からお庆び申し上げます。また、これまで皆さんを支えてこられたご家族や関係者の皆様に心よりお祝い申し上げます。新型コロナウイルス感染症の拡大防止の観点から过去2年は动画配信でお祝いの言叶をお伝えするのみでしたが、3年ぶりに直接対面で大学院秋季入学式を执り行うことができることを、教职员一同本当に喜ばしく思っています。

 今日皆さんは、いよいよ様々な学术领域での本格的な研究を始めるための新しい一歩を踏み出されました。京都大学では、18の大学院研究科に加えて、30を超える附置研究所や研究センターが、皆さんの大学院课程における学びと研究の场を提供しています。修士课程では、これまで学部で学んだ基础知识を基にさらに高度な知识や技术を修得し、同时に研究者や高度専门职として必要とされる様々なアーツ(作法)やテクニック(技法)を身につけていくことが求められます。また博士后期课程では学位论文の作成に向けてみずからのテーマを设定し、研究者としての作法に従いながら、実践研究を进めていくことになります。さらに、现代社会における复合的な课题へのチャレンジを希望する皆さんには、个别学术领域の壁を超えたいわゆる融合领域の実践的研究のための、3つの卓越大学院プログラムも展开されています。

 さて、现在ほど学术文化や科学技术の进歩が、社会や人间生活に直接大きな影响を及ぼしている时代はないと思います。研究とは元来个人の好奇心や探究心を动机としたものであるとはいえ、皆さんのこれからの研究活动がどのような社会的意义を持ちうるかについても、否応なく考えさせられることになるはずです。皆さんは、しばしば「基础研究」と「応用研究」という言い方を耳にされてきたと思います。より一般的には、「科学」と「技术」と表现されるかもしれません。

 18世紀半ばまでは、科学研究は資産と時間に余裕のある貴族階級がやることでした。例えば、莫大な資産を有するデヴォンシャー公爵家の出身であるヘンリー?キャベンディッシュ(Henry Cavendish)は、ケンブリッジ大学に学んだ後、自らの別荘に実験室と工作室を作り、好奇心のおもむくままに一人で様々な実験を行いました。彼は存命中には王立協会に18編の論文を発表したに過ぎませんが、電磁気学の確立者であるジェームス?クラーク?マクスウェル(James Clerk Maxwell)が彼の死後残された膨大な実験ノートについて詳細な検証と再現実験を行いました。その結果、近代物理学や化学の多くの重要な科学的原理が、極めて正確な実験によって証明されていたことが明らかにされました。他方で技術に関しても、イギリスのジェームス?ワット(James Watt)による蒸気機関の改良からドイツのニコラウス?オットー(Nikolaus August Otto)による内燃機関原理の発明に至るいわゆる工業化の時代に入り、様々な領域での急速な技術革新によって、社会や経済の様式がダイナミックに変わっていくことになりました。オーストリア?ハンガリー帝国出身の社会経済学者ヨーゼフ?シュンペーター(Joseph Alois Schumpeter)は、多様な技術革新が次々に生まれ、それらが全く新しい様式で結合され組み合わされることによって、経済システムや人々の生活が急激に変化して新しい社会的均衡状態に移っていくことをイノベーションと呼びました。技術というものが、社会の変化と発展に主要な役割を果たしてきたということは疑いのない事実です。

 このような展開の中で、「基礎研究」と「応用研究」という表現が初めて明示されたのは比較的最近のことです。1945年アメリカの大統領科学顧問であったヴァネヴァー?ブッシュ(Vannevar Bush)は、ハリー?トルーマン(Harry S. Truman)大統領に宛てた「科学―この終わりなきフロンティア」(Science-The Endless Frontier)というレポートの中で、研究に専念する基礎的な科学と製品開発への応用のための科学に区別し、大学における基礎研究には公的資金が投入されるべきだが、企業における応用研究は公的資金を投入すべきでないと述べました。この考え方はアメリカの科学技術政策に強く反映されて大学における科学研究への強力な財政支援が進められ、20世紀後半以降アメリカが質量ともに世界の科学技術の発展を牽引する原動力になったと考えられています。ただし、このレポートは、もっぱら公的な科学研究費助成はどこに向けられるべきかという観点からの議論であり、研究の内容や動機に及ぶものではなかったようです。

 确かに近代科学の黎明期には、真理探究のための研究と社会的な価値创造をめざす発明の间にはギャップがあり、科学者と技术者の立场や意识にも画然とした违いがありました。しかし、科学と技术が分かちがたい形で格段に进化した现代では、このような科学と技术、あるいは基础と応用という単纯な二元论は、あまり现実的ではないと思います。纯粋な兴味と探究心に基づく研究の成果が、ほとんど间を置かず画期的な社会的応用へと展开されていくことは、今や决して珍しくはありません。最近急速に広まっている基础的な研究成果を基にした「スタートアップ起业」というものも、この反映といえるでしょう。他方で、特定の応用を意図した开発研究の中から、予期せぬ科学的発见が生まれてくることもありえます。现代では、技术の进化なしに科学のブレークスルーは望めませんし、逆に基础研究の革新的成果なしには新しい技术の进歩もありえません。「研究をする」ということは、今や个人の営みの枠を超え、优れて社会的な活动のひとつであると考えるべきでしょう。これから皆さんが进められる学术研究を、基础研究か応用研究かという古典的な枠组みに区分していくことに、あまり必然性があるとは思えません。

 むしろ、今皆さんが考えるべきことは、大学における学術文化や科学研究が、どのような形で社会に貢献しうるかということだと思います。その貢献のあり方は、学術?科学の領域によってきわめて多様でありうるでしょうし、今すぐにも解決を求められている課題への貢献もあれば、将来につながる学知の蓄積への貢献もありうるでしょう。ハーバード大学のマイケル?サンデル(Michael Sandel)教授はその著書『能力の専制(The Tyranny of Merit, 2020)』の中で、ドイツの哲学者ゲオルク?ヘーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel)の労働論、すなわち「労働市場のシステムは、所得によって労働に報いるだけでなく、各人の労働を共通善(common good)への貢献として公に承認するものである。」という考え方を援用して、こう述べています。「我々が人間として最も充実するのは、共通善に貢献し、その貢献によって同胞である市民から評価される時であり、人々から必要とされることである」。皆さんがどのような学術や科学の研究に従事されていくにせよ、必要なのはこのような市民社会的な視点を頭の隅においておくことではないかと思います。

 これから皆さんは、创立127年目を迎えたこの京都大学の様々な学术分野の大学院に入学され、本格的な学术研究活动を始められることになります。繰り返しになりますが、个?の好奇?や未知への探究?が学术文化と科学研究の原动力であること自体は、いくら时代が変わっても変わるものではないでしょう。20世纪以降の科学や技术の発展の歴史をみてみると、その飞跃の基础には、果敢に新しい领域を开拓してきた研究者のフロンティア精神があったことがわかります。そしてそれを媒介してきたのは、しばしば异なる学术领域の出会いであったと言えるでしょう。京都大学が创立以来最も大切にしてきたのは、「自由の学风」といわれる精神です。これは学术研究にあたって、これまでの様々な社会的惯习や経験的束缚から自らの思考を自由に解き放つという精神の自由を意味しており、フロンティア精神ということに外なりません。これがいわば「暗黙知」として受け継がれてきた本学の伝统です。これから皆さんが各々の学术领域で、この「自由の学风」の下に、様々な异なる学术领域の多様な世代?国籍の仲间と交流を深め议论を重ねることによって充実した研究生活を送られ、そして新しい学术研究の世界を开拓されていくことを心から期待して、私からの挨拶に代えたいと思います。

 本日は、まことにおめでとうございます。